本記事の内容
本記事は、「正則行列、逆行列」および「行列の積の逆行列はそれぞれの行列の逆行列の順番を入れ替えた積と等しい。」を解説する記事です。
本記事を読むにあたり、行列の演算、特に積について知っている必要があるため、以下の記事も合わせてご覧ください。
正則行列
正方行列、すなわちm∈Nに対して(m,m)型の行列に正則行列と呼ばれる行列があります。
つまり、正則行列と言われたらば、これすなわち正方行列です。
実は、行列とベクトルの積は行列を線形写像と捉えることで幾何的(というと大げさかな。ビジュアル的と言った方がいいかもしれないね)にイメージを掴むことができますが、このアプローチは線型写像と線型変換の記事で解説することにします。
正則行列を一言で
正則行列というのは、一言で述べれば、
です。
たったこれだけです。
で?正則行列を数学的に言うと?
上記のことを数学的に表現すると次です。
正則、正則行列
n∈Nとする。n次正方行列、すなわち(n,n)型の行列Aに対して、 AB=BA=In を満たすようなn次正方行列Bが存在するときAは正則である、またはAは正則行列であるという。ただし、Inはn次単位行列である。チャラい単位行列の復習(読み飛ばしてOK)
ここで、n次単位行列とは何だったか、というと
単位行列
n∈Nとし、A=(aij)をn次対角行列とする。このとき、
δij={1(i=j)0(i≠j)
としたとき(このδijをクロネッカー(Kronecker)のδという)、
aij=δij
を満たすとき、Aは(n次)単位行列といい、ImやEmで表す。
すなわち、
Im=Em=(110⋱0⋱1)
を(m次)単位行列という。
でした。
要するに、対角成分がすべて1で、それ以外の成分がすべて0であるような正方行列でした。
前回の記事で述べたとおり、任意の(m,n)型行列Aに対して、
AIn=ImA=A
が成り立ちます。
証明は【線型代数学の基礎シリーズ】行列編 その2を御覧ください。
従って、単位行列というのは、実数の掛け算において1に対応します。
ちなみに、単位行列を写像(特に線型写像)と捉えると恒等写像ですので「identity mapping」の頭文字Iを使って表現することが多いです。
本当にそんなBは存在するのかネ?
存在します。
勿論、与えられた行列に依存しますし、存在しない場合もあります。
例を挙げましょう。
例1.
A=(1234)
とします。
このとき、AB=BA=I2となるような2次の正方行列が存在します。
a,b,c,d∈Rとして、B=(abcd)とします。
このとき、AB=I2であるようなa,b,c,d∈Rが存在して、かつBA=I2であればOKです。
計算してみます。
AB=I2⇔(1234)(abcd)=(a+2cb+2d3a+4c3b+4d)=(1001)
すなわち、
{a+2c=1b+2d=03a+4c=03b+4d=1
を満たすa,b,c,d∈Rが存在すればOKです。
これを解くと(省略します)、(a,b,c,d)=(−2,1,32,−12)となるので、AB=I2という2次正方行列
B=(−2132−12)
が存在します。
このBがBA=I2を満たせば、Aは正則行列です。
BA=(−2132−12)(1234)=(−2+31−132−323−2)=(1001)=I2
となって、Aは正則行列です。
例2.
A=(5600)
とします。
このとき、AB=BA=I2となるような2次正方行列は存在しないため、Aは正則ではありません。
実際、a,b,c,d∈Rとして、B=(abcd)としたとき、AB=I2であるようなa,b,c,d∈Rが存在して、かつBA=I2であればAは正則ですが、
AB=I2⇔(5600)(abcd)=(5a+6c5b+6d00)=(1001)
となって、仮にAB=I2という2次正方行列が存在したとすれば、1=0となってしまい、矛盾です。
従ってAは正則ではありません。
どういうときの存在するのかネ?
これは少々先取りの話になってしまいますが、「行列式」や「ランク」というものが関係してきます。
詳しくは後の記事で解説しますが、高校数学では(2,2)型の行列に対して以下のように学習したと思います。
A=(abcd)に対して、ad−bcを行列式といい、|A|で表す。 また、|A|≠0のときに、AB=BA=Inという行列Bが存在する。
(高校の教科書ではもっとやんわりと書かれていたかもしれませんが(笑))
勿論、これは正しいです。
ただ、これはあくまで2次元の話なので、のちの記事で一般の次元に対して行列式という実数を定めてそれについて説明します。
Aに対してAB=BA=InというBは何個も存在するのかネ?
しません。
1個だけです。
つまり、以下が成り立ちます。
定理3.
n∈Nとする。n次正方行列Aに対して、 AB=BA=In となるようなn次正方行列Bが存在するならば、Bは一意的である。数学では「ただ1つだけ存在する」ということを「一意的に存在する」と表現します。
くどいようですが、この定理は「n次正方行列Aに対して、必ずAB=BA=InとなるようなBがただ1つ存在する」と言っているわけではありません。
「もし存在するのであれば、ただ1つだけ存在する。」という主張です。
この証明は簡単です。
定理3.の証明
n∈Nとして、Aをn次正方行列、Inをn次単位行列とします。
また、このとき
AB=BA=In
を満たすようなn次正方行列Bが存在したとします。
また、
AC=In
を満たすようなn次正方行列Cが存在したとしましょう。
このときB=Cであれば、一意的であるということが証明されたことになります。
要するに、「もう一個のモノをとってきたけど、結局最初に撮ってきたのと同じだったね」ということで一意性を証明します。
このとき、行列の積の性質を使います。
定理4.(積の性質)
m,n,r,s∈Nとする。(m,n)型行列A、(n,r)型行列B、(r,s)型行列Cに対して、以下が成り立つ。- (AB)C=A(BC)(積の結合則)
- AIn=ImA=A(InおよびImはそれぞれn次、m次単位行列)
- AOn=OmA=Omn ただし、Onはn次正方行列の零行列、Omはm次正方行列の零行列、Omnは(m,n)型の零行列を指す。
この定理の証明は【線型代数学の基礎シリーズ】行列編 その2を御覧ください。
この定理4.の1.および2.を使うと、
C=InC=(BA)C=B(AC)=BIn=B
となって、C=Bが成り立ちます。
ここで、行列の積の結合則が重要な役割を果たしている、ということに注意です。
同様に、CA=Inを満たすようなn次正方行列が存在したとして、
C=CIn=C(AB)=(CA)B=InB=B
となって、やはりC=Bです。
従って、AB=BA=Inを満たすBが存在すれば、Bは一意的に存在します。
定理3.の証明終わり
逆行列
一瞬です。
今まで説明してきたBが逆行列です。
つまり、以下です。
逆行列
n∈N、Aをn次正方行列とする。このとき、 AB=BA=In を満たすようなBが存在するとき、BをAの逆行列という。 またこのとき、 B=A−1 と書く。つまり、定理3.は以下のように言い換えることができます。
定理3.の言い換え
n∈Nとする。n次正方行列Aに対して、Aの逆行列が存在するならば、一意的である。ということです。
例2.で見たとおり、Aの逆行列は必ずしも存在しません。
どういうときに存在するのか、というのは後の記事で解説します。
逆行列はいつ使うのかネ?
「逆行列はいつ使うのかネ?」と思うかもしれませんが、連立一次方程式を行列的視点で解くときに誠に有用です。
【線型代数学の基礎シリーズ】行列編 その1で紹介した例を使います。
{5x−4y+6z=87x−6y+10x=144x+9y+7z=74
を行列を使って表現すると、
(5−467−610497)(xyz)=(81474)
となります。
このとき、
A=(5−467−610497),x=(xyz)
と書いたとします。
このとき、Aは正則行列で、
A−1=(2217−4151251334−11102451−293461102151)
です(※求め方は後の記事で説明します)。
今、この連立一次方程式は
Ax=(81474)
と書けます。
この等式の両辺に左からA−1をかけます。
※「左から」と表現したのは必ずしもABとBAは一致しないからです。
すると、
A−1Ax=A−1(81474)⇔I3x=A−1(81474)
です。
ここで、I3x=xですので、
(xyz)=(2217−4151251334−11102451−293461102151)(81474)=(253)
となって、右辺を計算すると
(xyz)=(253)
という解が求まります。
そういう意味で逆行列は有用なのです。
「あ?どうやってA−1を求めんだよ?」と思うかもしれませんが、行列式と余因子行列というモノを使って求めます。
逆行列と転置、行列の積との関係
3つほど基本的な事実を説明、紹介します。
(AB)−1の逆行列はB−1A−1
定理5.
n∈N、AおよびBはn次正則行列とする。このとき、積ABも正則かつ (AB)−1=B−1A−1 が成り立つ。定理5.の証明
n∈N、AおよびBはn次正則行列とします。
AおよびBは正則行列なので、A−1およびB−1が存在します。
また、A−1およびB−1はn次正方行列ですので、B−1A−1が定まります(計算できます)。
さらに、B−1A−1もn次正方行列ですので、B−1A−1とABの積も定まります。
ここで、定理4.(積の性質)の1.(結合則)を使えば、
(AB)(B−1A−1)=A(BB−1)A−1=AInA−1=AA−1=In,(B−1A−1)(AB)=B−1(A−1A)B=B−1InB=B−1B=In
が成り立ちます。
従って、ABは正則行列で、かつその逆行列はB−1A−1です。
定理5.の証明終わり
逆行列の逆行列も元の行列と等しい
定理6.
n∈N、Aをn次正則行列とする。このとき、A−1もn次正則行列であって、その逆行列はAである。 すなわち、Aがn次正則行列ならば (A−1)−1=A が成り立つ。定理6.の証明
n∈N、Aをn次正則行列とします。
Aは正則行列ですので、A−1が存在します。
このとき、
A−1A=AA−1=In
が成り立っています。
これはまさにA−1が正則であること、およびA−1の逆行列(A−1)−1であることを示しています。
定理6.の証明終わり
正則行列の転置行列の逆行列
定理7.
n∈N、Aをn次正方行列とする。このとき、A⊤もn次正則行列であって、その逆行列は(A−1)⊤である。 すなわち、Aがn次正則行列であれば、 (A⊤)−1=(A−1)⊤定理7.の証明
n∈N、Aをn次正則行列とします。
Aは正則行列ですので、A−1が存在して、
AA−1=A−1A=In
が成り立っています。
このとき、この式の3つの行列の転置行列を考えてみます。
転置行列とは何だったか、というと
転置行列 (m,n)行列A=(aij)に対して、行と列を入れ替えた行列をAの転置行列といい、A⊤やtAで表す。 すなわち、A=(aij)を A=(a11a12⋯a1na21a22⋯a2n⋮⋮⋱⋮am1am2⋯amn) と書いたとき、tA=(aji)を、つまり tA=A⊤=(a11a12⋯a1ma21a22⋯a2m⋮⋮⋱⋮an1am2⋯anm) をAの転置行列という。
でした。
要するに、行列の行と列を交換した行列のことを転置行列と呼ぶのでした。
さて、このとき
(AA−1)⊤=(A−1A)=I⊤n
が成り立っています。
ここで、I⊤n=Iです。
実際、単位行列は対角成分のすべてが1で、かつそれ以外の成分がすべて0であり、行列の行と列を入れ替えたとしても対角成分は変わらないので、I⊤n=Iです。
従って、
(AA−1)⊤=(A−1A)=In
が成り立ちます。
これはまさにAが正則行列であれば、A⊤も正則で、かつ(A⊤)−1=(A⊤)−1であることを指しています。
定理7.の証明終わり
結
今回は正則行列、逆行列、逆行列と転置、逆行列と行列の積との関係について解説しました。
平たく言えば、逆行列とはAB=BA=Inを満たすような行列BをAの逆行列といい、このときAは正則行列といいます。
この記事を通して、行列の積の結合則は非常に有用なのだ、ということが垣間見えたと思います。
次回は成分が複素数であるような行列(複素行列)の中で特に有名な行列について解説します。
乞うご期待!質問、コメントなどお待ちしております!
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