本記事の内容
本記事は、自由群について解説する記事です。
本記事を読むに当たり、同値関係、商集合、群について知っている必要があるため以下の記事も合わせて御覧ください。
↓同値関係、商集合の記事
↓群の記事
「自由群」って何ですか?
「自由群」を一言で。
自由群を一言で述べれば
です。
少し言い換えれば、自由群というのは、有限個の要素で生成されて、その生成元同士には全く関係性が存在しない、という群です。
更に砕けた言い方をすれば、自由群とは群の公理(結合律、単位元の存在、逆元の存在)以外に特別な
関係式をまったく持たない群です。
群の公理とは以下でした。
群
\(G\)を空でない集合とする。\(G\)上の演算\(\ast\)が定められていて、次の性質を満たすとき、\(G\)を群(group)という。- 結合律 任意の\(a,b,c\in G\)に対して、\(\left(a\ast b \right)\ast c=a\ast \left(b\ast c \right)\)が成り立つ。
- 単位元の存在 ある\(e\in G\)が存在して、任意の\(a\in G\)に対して\(a\ast e=e\ast a=a\)が成り立つ。この\(e\in G\)を単位元と呼び、\(1_G\)と書くことがある。
- 逆元の存在 任意の\(a\in G\)に対して、ある\(b\in G\)が存在して、\(a\ast b=b\ast a=e\)が成り立つ。この\(b\in G\)を\(a\in G\)の逆元といい、\(a^{-1}\)で表す。
つまり、自由群というのは、この群の公理以外何も要素同士に関係性が存在しないような群だ、ということです。
何に使うんですか?
今後の記事で位数が12の群の分類を考えますが、そこで使います。
「なぜ12なの?」と思うかも知れませんが、12という数を選んだのは、位数が小さい群の中では位数12の群が一番興味深いと言われているからです。
また、分類の仮定で群論に関して今までに学んだことのほとんどを使うことに成るからです。
要するに、位数12の群は群論の基礎知識をフル稼働させるため、群論の全体像をつかみやすくするだけでなく「群のイロハが詰まっている」という理想的な状況なのです。
自由群の数学的な説明
\(n\)変数の自由群を\(F_n\)と書きます。
この章では「\(F_n\)とは何者か?」ということを述べます。
\(F_n\)とは何ですか?
変数は何でも良いのですが、\(n\)個の変数を\(x_1,\dots,x_n\)と書くことにしましょう。
\(x_1,\dots,x_n\)の長さ\(m>0\)の語とは、\(\left\{1,\dots,m\right\}\)から
$$
\left\{1,\dots,n\right\}\times\left\{1,-1\right\}=\left\{(1,1),(1,-1),\dots,(n,1),(n,-1)\right\}
$$
への写像のことと定めます。
この写像の\(1,\dots,m\)での値が\((i_1,p_1),\dots,(i_m,p_m)\)なら(\(p_1,\dots,p_m=\pm1\))、この要素を
$$
x_{i_1}^{p_1}\dots x_{i_m}^{p_m}
$$
と書きます。
\(x_1,\dots,x_n\)の長さ\(0\)の語は一つだけあると定め、それを\(1\)と書くことにします。
\(W_{n,m}\)を\(x_1,\dots,x_n\)の長さ\(m\)の語の集合として、
$$
W_n=\coprod_{m=0}^\infty W_{n,m}
$$
と定めます。
\(W_{n}\)の要素\(x_{i_1}^{p_1}\dots x_{i_m}^{p_m}\)が途中で\(x_ix_i^{-1}\)または\(x_i^{-1}x_i\)という表現を含むならば、その部分を除いて新たな語を得ることを語の縮約といいます。
例えば、\(x_1x_2x_2^{-1}x_1x_2\)という語から\(x_1x_1x_2\)という語を得ることは縮約です。
ただし、長さが\(2\)の語が\(x_ix_i^{-1}\)または\(x_i^{-1}x_i\)であるとき、縮約の結果は\(1\)として定めます。
語\(y_1,y_2\)が両方を縮約して(何もしないことも含みます)同じ語になるとき、\(y_1,y_2\)は同値であるといいます。
これは同値関係になります。
命題1.
語\(y_1,y_2\)が両方を縮約して(何もしないことも含む)同じ語になるとき、\(y_1,y_2\)は同値であるという。これは同値関係である。命題1.の証明
この関係は\(W_n\)における関係です。
- 反射律
語\(y_1\)は何もしないと\(y_1\)のままですので、\(y_1,y_1\)は同値です。 - 対称律
語\(y_1\)と\(y_2\)が縮約して同じ語になったとします。
すると、\(y_2\)と\(y_1\)を縮約しても同じ語になりますので、\(y_2\)と\(y_1\)は同値です。 - 推移律
語\(y_1\)と\(y_2\)を縮約すると同じ語になり、\(y_2\)と\(y_3\)を縮約しても同じ語になったとします。
このとき、\(y_1\)も\(y_3\)も縮約すると\(y_2\)を縮約したときと同じ語になるわけですので、\(y_1\)と\(y_3\)も同値です。
命題2.の証明終わり
\(W_n\)に対してこの同値関係における商集合を\(F_n\)と書きます。
注意(記号のお話)
語とその語の同値類は正確には区別すべきですが、かえって煩わしいので、区別しないで使うことにします。
というのも、以下ほとんど\(W_n\)ではなくて\(F_n\)で考えるからです。
また、後の中で同じ文字が\(x_1x_1x_1\)というように続き時には\(x_1^3\)と表すことにします。
\(F_n\)は演算を定めると群になります。
\(F_n\)の任意の要素\(y\)に対して、\(y1=1y=y\)と定めます。
長さ\(m,l>0\)の語
$$
y_1=x_{i_1}^{p_1}\dots x_{i_m}^{p_m},\quad y_2=x_{j_1}^{q_1}\dots x_{j_l}^{q_l}\in W_n
$$
を代表元(詳しくは【代数学の基礎シリーズ】群論編 その4を御覧ください)に持つ\(F_n\)の2つの要素に対して、その積を
$$
x_{i_1}^{p_1}\dots x_{i_m}^{p_m}x_{j_1}^{q_1}\dots x_{j_l}^{q_l}\in W_n
$$
を代表元にもつ\(F_n\)の要素とします。
これは直感的には文字列の足し算です。
例えば、”因果”と”応報”という文字列があったらば、その積は”因果応報”となる、というイメージです。
この積は代表元のとり方によらずに定まることもわかりますので、\(F_n\)の演算となります。
例えば、
$$
\left( x_1x_2^{-1}x_3\right)\left( x_3^{-1}x_1x_2^2\right)=x_1x_2^{-1}x_1x_2^2
$$
です。
この演算により、\(F_n\)は\(1\)を単位元とするような群になります。
命題2.
\(F_n\)の任意の要素\(y\)に対して、\(y1=1y=y\)と定める。長さ\(m,l>0\)の語 $$ y_1=x_{i_1}^{p_1}\dots x_{i_m}^{p_m},\quad y_2=x_{j_1}^{q_1}\dots x_{j_l}^{q_l}\in W_n $$ を代表元に持つ\(F_n\)の2つの要素に対して、その積を $$ x_{i_1}^{p_1}\dots x_{i_m}^{p_m}x_{j_1}^{q_1}\dots x_{j_l}^{q_l}\in W_n $$ を代表元にもつ\(F_n\)の要素とすると、\(F_n\)は群である。命題2.の証明
- 結合律
長さ\(m,l,s>0\)の語
$$
y_1=x_{i_1}^{p_1}\dots x_{i_m}^{p_m},\quad y_2=x_{j_1}^{q_1}\dots x_{j_l}^{q_l},\quad y_3=x_{k_1}^{r_1}\dots x_{k_s}^{r_s}\in W_n
$$
を代表元に持つ\(F_n\)の3つの要素に対して、
\begin{eqnarray}
\left(y_1y_2 \right)y_3&=&\left(x_{i_1}^{p_1}\dots x_{i_m}^{p_m}x_{j_1}^{q_1}\dots x_{j_l}^{q_l} \right)x_{k_1}^{r_1}\dots x_{k_s}^{r_s}\\
&=&x_{i_1}^{p_1}\dots x_{i_m}^{p_m}x_{j_1}^{q_1}\dots x_{j_l}^{q_l}x_{k_1}^{r_1}\dots x_{k_s}^{r_s}\\
&=&x_{i_1}^{p_1}\dots x_{i_m}^{p_m}\left(x_{j_1}^{q_1}\dots x_{j_l}^{q_l}x_{k_1}^{r_1}\dots x_{k_s}^{r_s}\right)\\
&=&y_1\left( y_2y_3\right)
\end{eqnarray}
となるため、結合律が成り立ちます。 - 単位元の存在
任意の\(y\in W_n\)に対して\(y1=1y=y\)と定めたので、\(1\)が単位元です。 - 逆元の存在
語\(y=x_{i_1}^{p_1}\dots x_{i_m}^{p_m}\)に対して、
\begin{eqnarray}
&&\left( x_{i_1}^{p_1}\dots x_{i_m}^{p_m}\right)\left( x_{i_m}^{-p_m}\dots x_{i_1}^{-p_1}\right)\\
&=&11\cdots1=1
\end{eqnarray}
となるため、\(\left( x_{i_m}^{-p_m}\dots x_{i_1}^{-p_1}\right)\)は\(x_{i_1}^{p_1}\dots x_{i_m}^{p_m}\)の逆元です。
以上のことから、\(F_n\)は群です。
命題2.の証明終わり
この群が自由群\(F_n\)の正体です。
自由群
- 語 \(n\)個の変数を\(x_1,\dots,x_n\)と書く。\(x_1,\dots,x_n\)の長さ\(m>0\)の語とは、\(\left\{1,\dots,m\right\}\)から $$ \left\{1,\dots,n\right\}\times\left\{1,-1\right\}=\left\{(1,1),(1,-1),\dots,(n,1),(n,-1)\right\} $$ への写像のことと定める。この写像の\(1,\dots,m\)での値が\((i_1,p_1),\dots,(i_m,p_m)\)なら(\(p_1,\dots,p_m=\pm1\))、この要素を $$ x_{i_1}^{p_1}\dots x_{i_m}^{p_m} $$ と書く。\(x_1,\dots,x_n\)の長さ\(0\)の語は一つだけあると定め、それを\(1\)と書く。
- 縮約 \(W_{n,m}\)を\(x_1,\dots,x_n\)の長さ\(m\)の語の集合として、 $$ W_n=\coprod_{m=0}^\infty W_{n,m} $$ と定める。\(W_{n}\)の要素\(x_{i_1}^{p_1}\dots x_{i_m}^{p_m}\)が途中で\(x_ix_i^{-1}\)または\(x_i^{-1}x_i\)という表現を含むならば、その部分を除いて新たな語を得ることを語の縮約という。
- 自由群 語\(y_1,y_2\)が両方を縮約して(何もしないことも含みます)同じ語になるとき、\(y_1,y_2\)は同値であるという。これは同値関係になる。\(W_n\)に対してこの同値関係における商集合を\(F_n\)と書く。\(F_n\)の任意の要素\(y\)に対して、\(y1=1y=y\)と定める。長さ\(m,l>0\)の語 $$ y_1=x_{i_1}^{p_1}\dots x_{i_m}^{p_m},\quad y_2=x_{j_1}^{q_1}\dots x_{j_l}^{q_l}\in W_n $$ を代表元に持つ\(F_n\)の2つの要素に対して、その積を $$ x_{i_1}^{p_1}\dots x_{i_m}^{p_m}x_{j_1}^{q_1}\dots x_{j_l}^{q_l}\in W_n $$ を代表元にもつ\(F_n\)の要素とする。これは代表元のとり方によらずに定まるため、\(F_n\)の演算となる。この演算により\(F_n\)は群となる。この群\(F_n\)を\(n\)変数の自由群という。
自由群が満たす基本的な性質
定理3.
\(G\)を群、\(g_1,\dots,g_n\in G\)とする(\(g_1,\dots,g_n\)には重複があっても良い)。このとき、\(n\)変数の自由群\(F_n\)から\(G\)への、\(\varphi(x_i)=g_i\)が任意の\(i=1,\dots,n\)に対して成り立つような準同型\(\varphi\)がただ一つ存在する。定理3.の証明
\(\varphi(1)=1_G\)と定めます。
\(m>0\)ならば、語\(x_{i_1}^{p_1}\dots x_{i_m}^{p_m}\)に対して
$$
\varphi\left( x_{i_1}^{p_1}\dots x_{i_m}^{p_m}\right)=g_{i_1}^{p_1}\dots g_{i_m}^{p_m}
$$
と定めます。
これが縮約で不変であることは、群では任意の要素\(g\in G\)に対して\(gg^{-1}=g^{-1}g=1_G\)であることからわかります。
したがって、\(\varphi\)はwell-definedです。
任意の語\(x_{i_1}^{p_1}\dots x_{i_m}^{p_m}\)と\(x_{j_1}^{q_1}\dots x_{j_l}^{q_l}\)に対して、
\begin{eqnarray}
\varphi\left(x_{i_1}^{p_1}\dots x_{i_m}^{p_m}\left(x_{j_1}^{q_1}\dots x_{j_l}^{q_l} \right)^{-1} \right)&=&\varphi\left( x_{i_1}^{p_1}\dots x_{i_m}^{p_m}x_{j_l}^{-q_l}\dots x_{j_1}^{-q_1} \right)\\
&=&g_{i_1}^{p_1}\dots g_{i_m}^{p_m}g_{j_l}^{-q_l}\dots g_{j_1}^{-q_1}\\
&=&g_{i_1}^{p_1}\dots g_{i_m}^{p_m}\left(g_{j_1}^{q_1}\dots g_{j_l}^{q_l}\right)^{-1}\\
&=&\varphi\left(x_{i_1}^{p_1}\dots x_{i_m}^{p_m}\right)\varphi\left( x_{j_1}^{q_1}\dots x_{j_l}^{q_l}\right)^{-1}
\end{eqnarray}
となるため、準同型です。
定理3.の証明終わり
皆様のコメントを下さい!
前回の続きで黄金比について少々語ります。
黄金比は数列にも現れます。
次のように帰納的に定められる数列\(\{a_n\}_{n\in\mathbb{N}}\)をフィボナッチ数列といいます。
$$
x_0=x_1=1,\quad x_{n+2}=x_{n+1}+x_n\ (n>0)
$$
具体的には、
$$
1,\ 1,\ 2,\ 3,\ 5,\ 8,\ 13,\ 21,\ \dots
$$
です。
フィボナッチ数列の一般項は、
$$
x_n=\frac{1}{\sqrt{5}}\left\{\left( \frac{1+\sqrt{5}}{2}\right)^{n+1}-\left( \frac{1-\sqrt{5}}{2}\right)^{n+1}\right\}
$$
であることが知られています。
実は、この数列の隣り合う数の比の極限が黄金比なのです。
つまり、
$$
\lim_{n\to\infty\to}\frac{x_{n+1}}{x_n}=\frac{1+\sqrt{5}}{2}
$$
なのです。
ここで、黄金比の歴史を少々。
- フィディアス(Phidias; 490–430 BC)が建設したパルテノンには至る所に黄金比が見られます。
- ユークリッド(Euclid;325頃–265BC頃)は、の『原論』の中で黄金比を歴史上初めて定めました(「外中比」という用語が使われています)。
- ルカ・パチオリ(Luca Pacioli;1445–1517)が黄金比を “divine proportion”という言葉で定めました。
- ケプラー(Johannes Kepler;1571–1630)の言葉:“Geometry has two great treasures: one is the Theorem of Pythagoras, and the other the division of a line into extreme and mean ratio; the first we may compare to a measure of gold, the second we may name a precious jewel.”
- ペンローズ(Roger Penrose;1931–)の「準結晶」の発見に繋がるタイル貼りを黄金比を用いて構成。
多くの事柄が「黄金比」と結び付けられていますが、実は「こじつけ」や「誤解」も多いです。
例えば、名刺のサイズがそうですし、無理やり「こことここの比が黄金比ですよ」という建物なども多いです。
如何でしたか?
黄金比という言葉は数学をやっていない方も聞いたことがあるかと思います。
黄金比について「これ知ってる?」ということがあれば是非コメントで教えて下さい!
結
今回は自由群について解説しました。
自由群を一言で述べると「群の公理(結合律、単位元の存在、逆元の存在)以外に特別な
関係式をまったく持たない群」です。
これは後に解説する位数12の群の分類で用います。
次回は生成元と関係式で定められた群について解説します。
乞うご期待!
質問、コメントなどお待ちしております!
どんな些細なことでも構いませんし、「定理〇〇の△△が分からない!」などいただければ全てお答えします!
お問い合わせの内容にもよりますが、ご質問はおおよそ3日以内にお答えします。
もし直ちに回答が欲しければその旨もコメントでお知らせください。直ちに対応いたします。
代数についてより詳しく知りたい方は以下を参考にすると良いと思います!
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自由モノイドについて調べていたところこの記事に辿り着きました。「その生成元同士には全く関係性が存在しない」という表現がとてもよい説明だと感じました。