本記事の内容
本記事は、余因子行列の性質である逆行列が存在することの必要十分条件について解説する記事です。
本記事を読むにあたり、余因子、余因子行列について知っている必要があるため、以下の記事も合わせてご覧ください。
本記事で言いたいこと
本記事で言いたい定理はシンプルです。
何を言いたいかというと、
定理0.
正方行列AAが正則であるための必要十分条件は、det(A)≠0det(A)≠0である。このとき、AAの逆行列A−1A−1は A−1=1det(A)˜AA−1=1det(A)~A であたえられる。ただし、˜A~AはAAの余因子行列である。です。
要するに、det(A)det(A)を計算して00でなければ必ず逆行列があって、余因子行列でもって逆行列が求まる、という話です。
逆行列のチャラい復習
逆行列をチャラく復習します。
逆行列とは以下でした。
逆行列
n∈Nn∈N、AAをnn次正方行列とする。このとき、 AB=BA=InAB=BA=In を満たすようなBBが存在するとき、AAは正則である、または正則行列であるという。 また、このときBBをAAの逆行列といい B=A−1B=A−1 と書く。詳しくは、【線型代数学の基礎シリーズ】行列編 その3を御覧ください。
余因子、余因子行列のチャラい復習
余因子および余因子行列をチャラく復習します。
余因子および余因子行列とは以下でした。
余因子
n∈Nn∈N、nn次正方行列A=(aij)A=(aij)から第ii行と第jj列を取り除いて得られたたn−1n−1次正方行列をAijAijと書く。すなわち、AijAijは j列目↓A=(a11⋯a1j⋯a1n⋮⋮⋮ai1⋯aij⋯ain⋮⋮⋮an1⋯anj⋯ann)←i行目 としたとき、第i行と第j列を取り除いて得られた行列 j列目を取り除いている ↓Aij=(a11⋯a1 j−1a1 j+1⋯a1n⋮⋮⋮⋮ai−1 1⋯ai−1 j−1ai−1 j+1⋯ai−1 nai+1 1⋯ai+1 j−1ai+1 j+1⋯ai+1 n⋮⋮⋮⋮an1⋯an j−1an j+1⋯ann)←i行目を取り除いている である。このとき、 ~aij=(−1)i+jdet(Aij) とおき、これを行列Aにおけるaijの余因子という。
余因子行列
n∈N、A=(aij)をn次正方行列とする。このとき、aijの余因子˜aijを成分とする行列 (˜a11˜a12⋯˜a1n˜a21˜a22⋯˜a2n⋮⋮⋱⋮˜an1˜an2⋯˜ann) の転置行列 ˜A=(˜a11˜a21⋯˜an1˜a12˜a22⋯˜an2⋮⋮⋱⋮˜a1n˜a2n⋯˜ann) をAの余因子行列という。詳しくは【線型代数学の基礎シリーズ】行列式編 その5を御覧ください。
定理0.の証明のために必要な事実
ここでは本記事で言いたい定理0.を示すために必要な事実を証明します。
一言でいえば、
ということです。
主張はシンプルですが、実は結構重要だったりします。
では、定理を明示しましょう。
定理1.
n∈N、AおよびBが共にn次正方行列とする。 このとき、次が成り立つ。 det(AB)=det(A)det(B)定理1.の証明は割と真正直にやれば証明できます。
定理1.の証明
n∈N、A=(aij)およびB=(bij)がn次正方行列とします。
このとき、
A=(a11⋯a1n⋮⋱⋮am1⋯amn),B=(b1⋮bn)
と書いたとします。
ただし、b1,…,bnはBの行ベクトルです。
すなわち、
bj=(bj1 bj2 ⋯ bjn)
です。
このとき、AもBも(n,n)型なので、ABが定まります。
従って、
AB=(a11⋯a1n⋮⋱⋮am1⋯amn)(b1⋮bn)=(a11b1+⋯+a1nbn⋮an1b1+⋯+annbn)
ここで、以下の2つの定理を繰り返し使います。
定理2.
n∈N、A=(aij)をn次正方行列とする。Aの第i行が、2つの行ベクトルの和ならば、行列式は他の行は同じで、第i行は各々のベクトルを取った行列の行列式の和になる。 すなわち、 (∃i∈N;1≤i≤n) s.t. (ai1,…,ain)=(bi1+ci1,…,bin+cin) としたとき、 |a11⋯a1n⋮⋮bi1+ci1⋯bin+cin⋮⋮an1⋯ann|=|a11⋯a1n⋮⋮bi1⋯bin⋮⋮an1⋯ann|+|a11⋯a1n⋮⋮ci1⋯cin⋮⋮an1⋯ann| が成り立つ。定理2.の証明は【線型代数学の基礎シリーズ】行列式編 その3を御覧ください。
定理3.
n次正方行列A=(aij)の1つの行をc∈C倍すると、行列式はc倍となる。すなわち、 |a11⋯a1n⋮⋮cai1⋯cain⋮⋮an1⋯ann|=c|a11⋯a1n⋮⋮ai1⋯ain⋮⋮an1⋯ann| が成り立つ。定理3.の証明は【線型代数学の基礎シリーズ】行列式編 その3を御覧ください。
まず、
(a11b1+⋯+a1nbn⋮an1b1+⋯+annbn)
第1行に目をつけてみます。
すると、定理2.および定理3.から
|a11b1+⋯+a1nbn⋮an1b1+⋯+annbn|=a11|b1⋮an1b1+⋯+annbn|+⋯+a1n|bn⋮an1b1+⋯+annbn|=n∑j1=1a1j1|bj1⋮an1b1+⋯+annbn|
が成り立ちます。
この操作をすべての行に対して繰り返し行います。
すると、
|a11b1+⋯+a1nbn⋮an1b1+⋯+annbn|=n∑jn=1an jnn∑jn−1=1an−1 jn−1…n∑j2=1a2 j2n∑j1=1a1j1|bj1bj2⋮bjn−1bjn|=n∑jn=1n∑jn−1=1…n∑j2=1n∑j1=1a1j1a2j2⋯an−1 jn−1an jn|bj1bj2⋮bjn−1bjn|
となります。
ここで、和はj1,j2,…,jnがそれぞれ1からnまでを動くわけですので、nn個の項が出現します。
ここで、detに出現する和はσ∈Snでの和ですので、項数としてはn!個です。
n∈Nのときnn>n!ですので、今回計算したものの方が項数が多いことに注意です。
何が言いたいか、というと、「余分なもの(というとちょっと語弊があるけれど)まで足しているZE」ということです。
実は、次の事実が成り立っているのでした。
命題4.
2つの行が等しい行列の行列式は0である。この命題の証明は【線型代数学の基礎シリーズ】行列式編 その3を御覧ください。
命題4.により、bj1,bj2,…,bjn−1,bjn,のうち、同じものがあれば、
|bj1bj2⋮bjn−1bjn|=0
ということになります。
すなわち、j1,j2,…,jn−1,jnがすべて相異なる場合の和を考えれば良いことになります。
先程述べた「余分なもの」というのは「j1,j2,…,jn−1,jnのうち少なくとも1ペアが等しい場合」を指しています。
さて、j1,j2,…,jn−1,jnがすべて相異なる場合というのは、j1,j2,…,jn−1,jnがちょうど1,2,…,nの順列となる場合ということになります。
というのも、j1,j2,…,jn−1,jnがすべて相異なって、それぞれが1からnを動くからです。
しかも、和を取れば、ちょうどすべての順列での和ということになります。
従って、
σ=(12⋯nj1j2⋯jn)
としたとき、
det(AB)=n∑jn=1n∑jn−1=1…n∑j2=1n∑j1=1a1j1a2j2⋯an−1 jn−1an jn|bj1bj2⋮bjn−1bjn|=∑σ∈Sna1j1⋯anjn|bj1⋮bjn|=∑σ∈Sna1σ(1)⋯anσ(n)|bσ(1)⋮bσ(n)|
ここで、
|bσ(1)⋮bσ(n)|
に対して、以下の定理を適用させます。
定理5.
n∈N、A=(aij)をn次正方行列とする。Aの各行の順序を置換τによって変更すると、行列式はsgn(τ)になる。すなわち、 τ=(12⋯nk1k2⋯kn) としたとき、 |ak11ak12⋯ak1nak21ak22⋯ak2n⋮⋮⋱⋮akn1akn2⋯aknn|=sgn(τ)|a11a12⋯a1na21a22⋯a2n⋮⋮⋱⋮an1an2⋯ann|=sgn(τ)⋅det(A) が成り立つ。この定理5.の証明は【線型代数学の基礎シリーズ】行列式編 その3を御覧ください。
定理5.により、
|bσ(1)⋮bσ(n)|=sgn(σ)|b1⋮bn|
です。
以上のことから、
det(AB)=∑σ∈Sna1σ(1)⋯anσ(n)|bσ(1)⋮bσ(n)|=∑σ∈Sna1σ(1)⋯anσ(n)sgn(σ)|b1⋮bn|=(∑σ∈Snsgn(σ)a1σ(1)⋯anσ(n))|b1⋮bn|
が成り立ち、
∑σ∈Snsgn(σ)a1σ(1)⋯anσ(n)=det(A),|b1⋮bn|=det(B)
なわけですので、
det(AB)=det(A)det(B)
です。
定理1.の証明終わり
某五番隊隊長から「ひゃあ、こら長いわ」とツッコミが来そうですね。
逆行列が存在することの必要十分条件
準備が整いましたので、いよいよ本題に入ります。
とはいえ、今まで証明したことをまとめて使えばなんてこと無いんですね、実は。
定理0.
正方行列Aが正則であるための必要十分条件は、det(A)≠0である。このとき、Aの逆行列A−1は A−1=1det(A)˜A であたえられる。ただし、˜AはAの余因子行列である。定理0.の証明
n∈N、Aがn次正方行列だとします。
(「Aが正則⇒det(A)≠0」の証明)
Aが正則行列だとします。
このとき、Aが正則であることから、ある行列n次正方行列Bが存在して、
AB=In
(ただし、Inはn次単位行列とします)を満たします。
先程示した定理1.により、行列の積の行列式はそれぞれの行列式の積と等しいので、
det(A)det(B)=det(AB)=det(In)=1
となるので、det(A)≠0です。
実際、仮にdet(A)=0ならば、det(A)det(B)=0となって矛盾です。
(「det(A)≠0⇒Aは正則」の証明)
det(A)≠0だとします。
このとき、1det(A)˜Aという行列を考えることができます。
そこで、
B=1det(A)˜A
とします。
このBがAの逆行列であれば、証明完了です。
すなわち、
AB=BA=In
であれば証明完了です。
AB=A(1det(A)˜A)=1det(A)A˜A
となります。
ここで、次の事実を使います。
定理6.
n∈N、A=(aij)をn次正方行列、˜AをAの余因子行列とする。 このとき、次が成り立つ。 A˜A=A˜A=(det(A)O⋱Odet(A))=det(A)(1O⋱O1)=det(A)In ただし、Inはn次の単位行列である。定理6.の証明は【線型代数学の基礎シリーズ】行列式編 その5を御覧ください。
定理6.から、A˜A=˜AA=det(A)Inなのですから、
AB=1det(A)A˜A=1det(A)⋅det(A)In=In
です。
同様にして、定理6.を使うことで
BA=(1det(A)˜A)A=1det(A)˜AA=1det(A)⋅det(A)In=In
です。
従って、Aは正則行列で、かつA−1は
A−1=B=1det(A)˜A
です。
定理0.の証明終わり
次に紹介するのが、逆行列の行列式に対する事実です。
定理7.
正則行列Aに対して、以下が成り立つ。 det(A−1)=det(A)−1定理1.を使えば一瞬です。
定理7.の証明
定理1.から、
1=det(In)=det(AA−1)=det(A)det(A−1)
であるので、
det(A)det(A−1)=1
だから、
det(A−1)=1det(A)=det(A)−1
となるから成り立ちます。
定理7.の証明終わり
いっちょ計算してみっか
いっちょ計算してみましょう。
例8.
A=(10020−1−154)
が正則行列かを判定して、正則だったら逆行列を求めてみましょう。
det(A)=|10020−1−154|=|0−154|=0×4−(5×(−1))=5≠0
なので、Aは正則行列です。
では、逆行列を求めてみましょう。
- a11の余因子˜a11(第1行と第1列を抜いたとき)
A11=(0−154),˜a11=(−1)2det(A11)=5 - a12の余因子˜a12(第1行と第2列を抜いたとき)
A12=(2−1−14),˜a12=(−1)3det(A12)=−7 - a13の余因子˜a13(第1行と第3列を抜いたとき)
A13=(20−15),˜a13=(−1)4det(A13)=10 - a21の余因子˜a21(第2行と第1列を抜いたとき)
A21=(0054),˜a21=(−1)3det(A21)=0 - a22の余因子˜a22(第2行と第2列を抜いたとき)
A22=(10−14),˜a22=(−1)4det(A22)=4 - a23の余因子˜a23(第2行と第3列を抜いたとき)
A23=(10−15),˜a23=(−1)5det(A23)=−5 - a31の余因子˜a31(第3行と第1列を抜いたとき)
A31=(000−1),˜a31=(−1)4det(A31)=0 - a32の余因子˜a32(第3行と第2列を抜いたとき)
A32=(102−1),˜a32=(−1)5det(A32)=1 - a33の余因子˜a33(第3行と第3列を抜いたとき)
A33=(1020),˜a33=(−1)6det(A33)=0
故に、Aの余因子行列˜Aは
˜A=(˜a11˜a21˜a31˜a12˜a22˜a32˜a13˜a23˜a33)=(500−74110−50)
となるので、Aの逆行列A−1は
A−1=1det(A)˜A=15(500−74110−50)=(100−7545152−10)
です。
本当にこの行列がAの逆行列かを確かめてみます。
AA−1=(10020−1−154)(100−7545152−10)=(1+0+00+0+00+0+02+0−20+0+10+0+0−1−7+80+4−40+1+0)=(100010001)=I3
A−1A=(100−7545152−10)(10020−1−154)=(1+0+00+0+00+0+0−75+85−150+0+10−45+452−2+00+0+00+1+0)=(100010001)=I3
確かに、逆行列です。
結
今回は、余因子行列の性質である「逆行列の存在の必要十分条件」について解説しました。
「余因子行列なんてそんな面倒なモノがなんで必要なんだ?」と思ったかもしれませんが、逆行列を求める際に誠に有用だからです。
そして、行列式は逆行列が存在するかどうかを判定する際に非常に有用である、ということが今回わかりました。
次回から線型空間(ベクトル空間)の話をします。
乞うご期待!質問、コメントなどお待ちしております!
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